2011/03/05

yoake


夜明け前、明るい山の声がして 

それはとても広く霧に乗っかって漂って、

ひびいていった。

星のあかりを取り込んだ青い艶やかな

樫の木、松の木、柿の木の内側に、

その声は、

潤いのある枝達の喉をきしませる。


昼の光をまとって池の中で日中騒いでいた土の 

やっと寝床の池底におち着いた音も

瞬く間に帯となって、すぐにまた騒ぎだす。

夜が明けるのだ今。


水の中は温かく音は絶え間なく。

透けたドレスの様な魚。

鱗は遥か遠くのお日さんのひかりを映して

きらきらと、

とおい水の中で発光している。



聞いた事の無いはずの、馬の嘶きを聴く。

嘶きは、模様になって朝日で色付けされた

私のワンピースを飾る。



夜が明けた今、

嘶き模様のワンピースを着て、仕事に出かける。

出かける前に、部屋には杉の香りを焚き込め、

顎と胸にシナモンとバラの香りをつけ、

腕にハッカ、くるぶしにタイム、

髪に乳香をつけ

首元にスミレの花を隠した。


私の仕事は、5m程の銅製のメダルを、

2人がかりで地面に立てた状態にキープすることです。

ニューサイランという植物の繊維を使って編んだ頑丈な美しいロープの先には、

強力な磁力が流れるつくりになっていて、

メダルに接続することで、

強度を増し、安定を得る仕組みです。

広い広い、風のよく通る草原で、

毎日これをやる私の日々です。



今日は空の雲にギャザーがよっていて、

その間から一本の、黄色い線が

ピッと地面に真っ直ぐに伸びていて、

それは地面をあたためているようでした。



仕事がおわったら、近づいて、触れてみたい気がしました。



私は、夕日に反射して半分ピンク色の不思議に冷たいメダルを見上げて、

それから長いワンピースの裾に目を移して、

足膝を曲げてワンピースにしわをよせてみました。様々なしわを。


そのうち、模様となっていた馬の嘶きは不愉快だったのか、

鳴きながら草の上に落ちていき、

ゆっくりと地面を這って声の主の喉元まで帰っていきました。



そろそろ、
仕事も終わりに近づいていると感じ、

私はうつくしいロープを離して、メダルにそっとキスをしてから、

黄色の線のささったところへ向かいました。




近づいてみると、線は丸い円筒型をしていて、

地面には真っ白な円がありました。

ラクダ色の細かい砂が、ぴっちりと円の形にまるく収まっている。

黄色い光りの円筒に腕をのばしおそるおそる触れてみると、

生あたたかく、じんわりと熱が皮膚から入ってくるようでした。

遠赤外線のようだわ。

そして手の平を上下にひらつかせて、

腕から肩、そして頭を、円柱の黄色をした線にゆっくりとすべりこませました。

まるで湯船につかっている感覚で、気がつかないうちに身体ごと、

円筒の線のなかへすぽりと入ってしまいました。

随分とそれを楽しんでから、

これはどこから伸びて来たのかが知りたくなっ

て、



私は円筒の中から

伸びる先の空を見上げました。

そのずっと先には地面に映るのと同じ、

白い円が空にシールでも貼ったようにこちらを見返しているのでした。


かわいい半月が、

徐々に地平線から姿を現しはじめました。

サーモンピンクの夕焼けは、地上から染み出た夜の熱気によって、

じんわりじんわりと夜の深いブルーに染みて
広がり消えていきます。

黄色い中で、

私は半月を口元に遊ばせていました。


金星が私のスミレの花を見つけたので、

首元から隠していた花をそっと出してみると、

スミレの花の中心から、金星のひかりが瞬いた。

ひかりは強力だった。
目がひどく痛くて私は泣いた。

いくつかの涙は夢の様に上空へ昇り、オパールの七色になってスミレを祝福した。

私はワンピースを脱いで、涙をぬぐった。